お侍様 小劇場 extra

     湯屋のお宿へ “寵猫抄” 〜もしものその後…? C
 


 心地のいい温みの中、いつの間にか眠っていた小さな坊やが、ふと、何をか感じ取ったらしくて瞼を持ち上げる。

 うにゅ?

 頬っぺをくっつけてた胸元は大好きな匂い。見上げればいつものお顔が見下ろしてくれるから、別に不審なところは何にもない。ぶ〜んとも む〜んとも聞こえる微かな唸りは、自動車の走行音。綿毛や背中を撫でてくれる大きな手の主は、大好きなシュマダで。前の列のお椅子に座ってるのはシチだ。今日はシチが運転してるみたいで、こっちは向けないまんま、

 「おや、起きたみたいですね。」
 「ああ。もしかしてもう匂いが届いたのやもしれぬ。」

 穏やかな声でそんなやり取りをする二人。結構 朝早くからの車の旅で、ケージやバスケットは持って来ていないが、それでも彼らの着替えを詰めたボストンバッグを積んでいるから、泊まりがけの遠出な模様。昨夜パソコンで地図を映し出してはいろいろ調べていたけれど、でも初めて来るところでもない様子。
「電車だと見られない風景が新鮮ですねぇ。」
「ああ。だが、何もお主が運転し通すことはあるまい。」
 ですが、キュウゾウを起こすのも忍びなかったですしね。
 どうだかな、お主、こちらに気づいてしめしめという顔になっておっただろう。
 しめしめなんて、今時言いませんよ?
 そうなのか?
 ええ。作品でうっかり使わぬよう、気をつけなきゃあねぇ♪

 くすすと微笑った七郎次の言いようから察するに、自宅から出発しての此処まで、彼がずっとハンドルを握っており、途中で交替という取り決めをしていたらしいのに、勘兵衛の膝で久蔵がうたた寝を始めてしまったものだから、起こすのも何だと、そのままのノンストップで走り通してきたらしい。

 「うにゃ?」

 皆でのお出掛けが嬉しくて、窓の外を流れる景色をワクワクと眺めていたり、出がけに七郎次が作って持って来たお弁当、勘兵衛に手づから食べさせてもらったりで、ずっとご機嫌でいたのだが。はしゃぎ過ぎての疲れたか、それとも単調な空間に飽きたのか。給油にと立ち寄ったついで、車外へと出て体を延ばしたインターチェンジ。一旦ちょっぴり冷えた身体が、再び温まりだすのに釣られ、くうすう眠ってしまった小さな坊や。まだお車なの?とキョロキョロしてから…ふと、

 「?」

 小さなお顔を仰向かせ、それから窓のほうへと這ってゆく。外の風景は緑の多い山間に変わっており、時折木立に遮られる遠景には、お空へ届けと言わんばかりの高いお山が居並んでいて。一度も見たことのない処だなぁと思ったと同時、何だか妙な匂いがするのにも気がついて。これってなぁに?と言わんばかり、眉を下げてしまった彼へ、

 「温泉の匂いだ。」
 「にゃ?」
 「どうですか? 嫌がってそうですか?」
 「不思議そうにはしておるが。」

 そうでもなさそうだと告げた御主へ、
「こういうときにも助かりますね。」
 手短な言いようをした七郎次であり、それへと勘兵衛もああと応じた。
「不機嫌そうかどうかが、見て判るからの。」
 儂らにも猫にしか見えぬのなら、推し量るのが難しかったに違いない。話せぬ不便を仕方がないかと我慢も出来ようからの、と。お膝の上の小さな存在の、お人形さんのようにふわふかな綿毛の金の髪、重たくて大きな手で、愛しげに撫でてやる壮年殿であり。

 「うにゃ♪」

 何が何だか、まだちょっと判らないまんまながら、二人が自分のことを話題にしていて、しかも穏やかそうにしているというのは判るのか。嬉しそうに目許をたわめると、ちょっぴり堅い勘兵衛の懐ろに、うにむに 頬を擦りつける、実は小さな仔猫の坊やだったりするのである。




    


 仔猫の久蔵にとって、自分の足で歩き回れる範囲以外については、ろくすっぽ知らなくたってしょうがない次元の世界であり。車で半日かけてやって来た此処は、山間の片田舎という雰囲気こそ似てはいたが、先に彼らが出会った別荘地とはまるきり違い、人が多くてにぎやかな、いわゆる観光地であるらしい。車のまんま乗りつけたのは、そんな町の中でも やや山の高台に位置する大きめの建物で。いかにも由緒正しい歴史を感じさせる、古風な作りのお屋敷は、そのままで旅館を営んでもおいで。だが、正面玄関前へと乗り付けた勘兵衛らを、飛び出して来ての出迎えたのは、番頭さんだの支配人だのなんかじゃあなくて、

 「勘兵衛、待ち兼ねたぞ。」
 「おお、頼母
(たのも)殿。」

 いかにも普段着だろうシンプルなデザインの、セーターにブルゾンを重ね来たというあっさりしたいで立ちの、半白頭の男性で。だのに、他のお客を出迎えていた従業員らしき方々が一応の目礼を寄越す人。どうやらこの老舗旅館のご主人であるらしく。しかも、
「今年は車で来るなんて、どういう風の吹き回しかと思ったが、何だ七郎次殿に任せっきりか。」
「その言いようこそ何事か。」
「新車を買ったか、運転自慢でもしたかったものか、そんな事情かと思うておったまでさね。」
 気さくなやり取りへ、七郎次が苦笑をし、そんな彼からボストンバッグを受け取った若い衆が、ウチの旦那がすいませんねと言いたげに、眉を下げての苦笑を向ける。こちらの当主殿、小早川頼母氏は、実は勘兵衛の旧知の友で。そもそもは道場仲間だったが、こういうお商売がらな相手だということから、執筆方面での知己からいい宿を知らぬかと問われれば紹介したりすることもありきと、そんな関わりも多数あってのこと。いつしか作家先生としての島田勘兵衛の諸事情にも通じている、気の置けないまま、最も付き合いの長いお人となっておいで。

 「おや、そんなかわいい家族が増えておったか。」

 勘兵衛が懐ろに抱えていた小さな身へもさっそく気づいたらしく、そうかそれで電車とはいかなんだかなんて、今回の訪のいようが違ったことへの納得はいったらしかったものの、

 「男二人にこんな愛らしい猫とはな。」

 もっと大型犬でも飼って、毎日散歩でもすりゃあいいのにと、呵々と笑ったところから…ある程度は察した上で、
「…あの、ネコが一緒だと困りますか?」
 何かしらを確かめるような訊きようで、七郎次がそうと尋ねれば、
「なに、ウチは最近、別館のほうじゃあペット同伴も受け入れておるしの。」
 それにお主らは身内も同然、部屋もいつもの離れだし構わんよと。何の頓着も見せないお言いよう。一応、数日ほど前にお誘いの連絡を受けたおり、今年はあのその、仔猫を連れて行きたいのですがというお伺い、一応立ててあったし、それへの了解も得てはいたものの。それでもと改めて七郎次がわざわざ訊いたのは。

  ―― もしかして、もしかしたら。

 この子が猫じゃあなく、愛らしい5歳くらいの坊やに見えるお人が、自分たち以外にも、居ないかと思ってのこと。だがだが、この…いかにも武人風の気さくでざっかけない、半白の壮年殿にも、どうやら久蔵は、メインクーンの仔猫にしか見えないらしい。愛らしい大きな赤い眸が見上げて来るのへ、うんうんとおおらかな眼差しを寄越し、勘兵衛とよく似た、こちらさんも大きくて重たげな手で、坊やの綿毛頭をよしよしと撫でて下さり。
「それにしても洒落た猫だの。」
 七郎次の風貌には、なるほど似合いの愛らしさだが、お主が抱えておる図は、さしずめお嬢様からの預かり物にしか見えとらん、などと。言いたい放題して下さったもんだから。周囲に居合わせた宿泊客らしきご婦人のグループが、ついのこととて ぷくくと吹き出していたりしたのだった。




    


 最初のころは、単なる“年末年始の羽伸ばしにいかがか”というお誘いだったものが、小説家の“島田勘兵衛先生”の知名度が上がるにつれて、先生の馴染み宿だという方向から、お越しになる客層も少なくはないとかで。そこでの余禄、お得意さんからサインをもらっておいてと頼まれた色紙を挟んで、頼母殿とあれこれとよもやま話をなさるのが、此処での まずはの習いになっておいでの勘兵衛なので。

 『それでは散策に出ておりますね?』

 これは特に今年からということじゃあなくの、やっぱり毎年の七郎次の側の習い。自分がいたのでは話しづらい話題もあるやも知れぬと思ってのこと、席を外したそのついで、ご近所のにぎやかな界隈への散策にと出掛けてゆく彼であり。今年は特に、久蔵という連れもいる。やんちゃ盛りの和子を着いてそのまま離れのお部屋に籠もらせるのも何だ。この地の空気に馴染ませるのも兼ねてのことと、綿のシャツにセーターとチノパン、その上へ薄い手のダウンジャケットを羽織ってという、いかにも地元の人でもあるかのようないで立ちになり、その懐ろには久蔵を抱え、勝手知ったる中庭からの通用口の枝折戸から、行ってきますと敷地の外へ、軽快な足取りで歩きだす。

 「いいかい?
  何かに驚いても、頼むからいきなり駆け出したりしないでおくれね?」
 「にあ。」

 一応はリードでつないでもいるが、それでもピンと張っちゃあいない。突然駆け出されたら、いくら七郎次でも振り払われての置いてけぼりをくいかねず、しかもしかも、此処は地元じゃあないので、路地なぞに駆け込まれたら追うのはかなり難儀なことだ。

 “でもまあ、見失ったことってあんまりないけれど。”

 勘兵衛が一度はぐれたことがあるらしかったが、七郎次には一度もない。というのが、やはり彼には小さな子供に見えるからこその効用。実体はそりゃあ小さな、大人の足元に易々と隠れてしまいそうなほどの仔猫であるはずが。どういう加減か…雑踏の中へと紛れ込んでもそれ相応の背丈で見えているので、ああ、そっちにいるのかというの、見失いようがなくて。

 “それに…。”

 人語もある程度は理解出来る子だから。今もこっくりと頷いての“にあ”とのお返事を下さった彼だし、いい子だねぇと抱えた小さな肩を撫でてあげれば、
「〜〜〜。////////」
 嬉しそうに含羞みつつ、柔らかな頬をぱふんとこちらの胸元へ伏せてくる所作が何とも愛らしい。そんな態勢で伏せさせたまんま、鼻歌混じりにほてほて坂道を降りてゆけば、山間の温泉の里は、四季それぞれにそれぞれなりの趣きや風情があるためか、冬だから夏だからという客の数の増減はあんまり見られないらしかったが、それでも今は、冬休みと重なっているせいか、湯治目的の高齢者や中年以上のご婦人グループのみならず、子供連れの層も多い。そんな子らはなかなかに目ざとくて、
「あ、ネコっ。」
「可愛いvv」
 さっそくにも可憐な子猫を見つけてしまい、あのお兄さんいいなぁなんて、ペットを連れていること羨ましがられてしまってる。何せ、他の人々には…キャラメル色のふわふかな毛並みをし、真ん丸なお顔の下、胸元には白い毛並みもおしゃれな装い。長毛種のメインクーンという猫の仔にしか見えてはいない久蔵であり。人の姿のままで言えば、お兄さんの腕へと抱えられたまま、細っこい双腕で形だけぎゅうとしがみついているものが。仔猫の姿で見るならば…上背のあるお兄さんの懐ろにそれは大人しくも凭れ切り、くりくりのつぶらな赤い眸で周囲をあちこち眺めている様、愛らしい以外の形容のしようがない可愛らしさに満ちており。

 “な〜んか優越感感じるな。”

 自身の装いや風貌へは、そういうことを感じたり、あまつさえ鼻高々になるよな性分じゃあない七郎次だが、可愛い子を連れていることへの注目だというのは、妙に擽ったくも嬉しくてならず……って、それってもしかして“親ばか”って言いません?
(笑) 宿が高台の上だったこともあって、少しばかり坂になっている道なりに少しほど下ってゆけば、

 「あ…。」

 道端に釜ごと大きな聖篭を出し、煙のように湯気を立ててるお店が見えてくる。それを見つけたその途端、久方ぶりの土地だけに、知らず緊張してなくもなかったらしい肩から ふっと力が抜けていて。別段、親戚だって訳じゃあないのだけれど、七郎次にはそのくらいに馴染みのある場所。そんな心情が伝わりでもしたものか、

 「みゅ?」

 お顔の間近で綿毛がふるんと揺れて、あどけないお顔が見上げて来たので、
「知ってるお店なんだよ?」
 小さいお声で囁きかけて、今時自動ドアじゃあないガラス格子戸に手を添え、横へとすべらせる。

 「こんにちは。」

 そおっと中を覗いてご挨拶の声を掛ければ、

 「おお、シチさんじゃあないかね。」
 「うわあ、今年も来たんだねぇ。」

 時間帯も丁度、昼と宵との境目あたり。ひと区切りついての休憩中ででもあったのか、小さめのテーブルを挟んだ二人がけの席が壁沿いに十ほどくらいと、あとは、お持ち帰り用の団子や饅頭が並んだショーケースの横手へ、カウンター席が幾つか連なっているくらいという規模の。小さな小さな甘味処の店内には、今はお店の人しか居ない模様。白衣やエプロン姿の何人か、ばらばらっと適当な椅子に掛け、寛いでおいでだったのが、ひょこりと顔を覗かせた色白のお兄さんへ、名指しでの声掛けと笑顔を向けて下さり、

 「シチさんが来ると、ああもう年末なんだねぇって気がするねぇ。」
 「今年も何とかって作家先生のお供かい?」

 店主夫婦のおじさんおばさんから、そんな風に言われているところから察するに、すっかりと顔なじみになっておいでの七郎次であるようで、

 「すいません、あの…今年はこんな連れがいるんですが。」

 食べ物屋さんだしと気を遣い、怖ず怖ずと懐ろを見せれば、
「おやおや、かわいい猫だねぇ。」
「何だい、水臭いね。どうせ今は暇なんだし、そのまま中へお入りよ。」
 おいでおいでと七郎次自身さえ猫扱いで、手招きして下さるのを苦笑で遠慮し、
「外の縁台をお借りします。今日はいい日和で暖かいですし。」
「そうかい? じゃあ、膝掛けを貸したげようね。」
 いくらいいお天気だって言っても、じっとしている分には風が冷たかろうと、女将さんが奥向きへぱたぱたっと引っ込んでゆき、それと入れ違うよに、
「さあさ、確かシチさんは温泉饅頭とじょうよ饅頭だったねぇ。」
「あ、はい。」
 湯飲みへお茶を注いで盆に乗せ、さあどうぞどうぞと持って来たのが、まだまだお達者な先代の女将さん。それではと戻るように店の前、日当たりのいいところに置かれてあった縁台…というか、座面だけの長椅子のような、床几もどきに毛氈を敷いた和風オープンテラス席へと腰掛けた客人へ、年季の入った上手なお手前で淹れていただいた芳しいお茶をまずは一口。そんなに寒くはなかったけれど、いい風味のお茶の熱さと香りとが、口許を清めたそのまま、胸元やお腹を暖めもって降りてくのが判り。
「うん、やっぱりおばちゃんのお茶は美味しいね。」
 これを頂かなきゃ、年は越せないものと、宝珠のような水色の双眸を細め、嫋やかな美丈夫がにっこり微笑めば、
「まあまあ、いやだよう、このお人はサ。//////////」
 さすがに含羞むよりも愛嬌が出てのこと、あっはっはと年の功の貫禄で笑い飛ばして下さったものの。そんな騒ぎが届いたすぐ間近に接していた道を行き交っていた観光客にしてみれば、何だなんだと視線を飛ばすには十分な声の大きさだったようで。

  ―― そして…そんな人々の視線の先には。

 割烹着を着た初老の女将さんを相手に、綺麗な、だが十分に男性のかっちりとした凛々しさも備えた、爽健そうな金髪碧眼の青年が微笑んでおり。しかもしかも、そのお膝の上へ、いかにも品のある愛らしさをたたえた、ふわふかな毛並みの仔猫を乗せていると来ちゃあ。

 「ま、何なにあの人。」
 「モデル? それとも髪を染めた韓流タレント?」
 「うあ、あの猫かわい〜vv」
 「ほらあれ、タレントのキララ・ミクマリが飼ってるのと同じvv」
 「あ、そうそう。確かメインクーンってやつ。」

 主には女性層の視線がそのまま釘付けとなりの、

 「ママ、あの猫、見て見てvv」
 「可愛いよ、ほらvv」

 屈託なくも無造作に、間近へ近寄ろうとしかかかる子供の手を慌てて捕まえ、とはいえ、その視線は物腰優しいお兄さんへと座ったまんまの若いお母様が、何人も路上へ立ち止まりのと、甘味処の前は急に人通りが増えたような人口密度となっており。
「…お饅頭、買っていこうか?」
「そうよね、美味しそうだし。」
 ただ突っ立っていても何だからと、さりげなくも話題を変えての、お店のほうへと向かう流れが出来れば…あとは早い。そうしましょうと後へ続く方々が引きも切らずのご来店となるわ、
「ねえねえ、ネコさわってもいい?」
 度胸のある子が…それでもお母さんの手前、多少はお行儀よくそんなことを訊いてくるのへ、注目の的となってるお兄さん、にっこり微笑うと、
「構わないけど、優しくそおっと触ってあげてね?」
 びっくりして カーッとか怒るかもしれないしと、先に言って置けば、え〜?と及び腰になる子ならまま大丈夫。そんなの知らないと、すかさず手を伸ばすような子へは、それなりのお仕置きを兼ねて、まるでたまたま同時に手を出しちゃったのがぶつかったかのように装っての、指の付け根の節同士でのごっつんこを演出し、
『あ、ごめんごめん、痛かったね。』
 こっちも痛かったけどというお顔でしれっと言ってのければ。単なるやんちゃなら 思わぬお仕置きへうわああんと泣き出し、図太いお子ならお子で、見た目ほど他愛ないお兄さんじゃあないなと察して警戒し、自分から遠のいてくれる…なんてゆう、結構強かなマニュアルを秘密裏にお持ちな、実は実は世慣れたお兄様。今日のお子様がたは幸いにして気立てのいい子ばかりであったようであり、小さなお手々をそろそろと延ばして来て、一人一撫でするとそれだけでご満足いただけた様子。途中でどこか擽ったかったか、久蔵がふるふるフリフリッと綿毛を揺らして首を振ろうものならば。わあvvと愛らしい歓声が立っての、皆して夢見るような眼差し潤ませ、可愛い可愛いの連呼になってしまい、
「さあ、お待たせ。猫さんには牛乳を持って来たよ。」
 ちょっとした人垣 掻き分けて、大女将がご注文のお饅頭とおまけをと運んでくれば。温めて下さったのだろ、かすかに湯気立つ小皿にくんくんとお鼻を近づけた仔猫へ、小さいながらもやっぱりきゃあという歓声が立ち、
「その子はお饅頭も食べるかね。」
「それなんですよ。此処のは美味しいから是非とも食べさせたくて。」
 大将が“猫なんぞに喰わすか”って怒らなきゃいいんですけど。何のそんなこと言う子じゃあないさと、やっぱりからから笑った大女将の声に、きょとと小首を傾げた久蔵を。ふわりと捕まえ、どーれと抱き上げた七郎次。お皿へちょこりと並んでいた、小さな箸置きくらいの大きさのじょうよ饅頭を、小さく千切ってお口へ運べば。小さな手で向こうからも掴まって来た手の先のお饅頭へ、ふんふんと匂いを嗅いでからながら、ちいさなお口をかぱりと開くと あ〜むとぱくつき食べてしまった素直さよ。実は家でも甘いものを一緒に食べてるものだから、柑橘類の匂いが苦手な猫ならまずはあり得なかろう、柚子風味の練りきりさえ大好きという 変わり者なこの子なら、此処の甘味も絶対気に入ると思ってたお兄様。
「な〜んvv」
「あ、やっぱり。美味しいって。」
「おやおや、本当かね。」
 猫の言葉が判るのかい?なんて、ありきたりな訊きようへ、ええ勿論と微笑って返した七郎次。だって言葉は判らなくとも、小さな唇の両端を持ち上げて、そりゃあ御機嫌そうに微笑ったお顔になったの見えるのだもの。嘘はついちゃあいませんよと、胸の裡
(うち)にてこっそり呟いたのは言うまでもなかったりvv そして、やっぱり嘘じゃあないってことは、もうすっかりと舐め取ってしまった後の白いお指、名残り惜しそうにぺろぺろと小さな舌で舐めてばかりのおチビさんだったので、周囲の皆様にも十分に通じたのでありました。





NEXT


  *ちょこっと時間切れになったんで、
   後半はまた明日か…もしかしたら来年になっちゃうか。
   どうだお主、ここで一つ、拙者と賭けをせぬか。(もうエエて。)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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